わたしの「くすり箱」(理事長の独り言)

 「人は誰でも体や心を病みながら、生き、成長し、病みながら世を去る。しかし今、多くの人は医者に薬を処方してもらわないと体や心の不調は治らないと信じている。治癒が自分の中、自然の中、日常の暮らしの中にそっと、しかし豊かに潜んでいることを忘れて。」

 

 内科医でホスピス診療所と在宅ホスピスの「野の花診療所」を設立された徳永進さんのエッセイ集「心のくすり箱」(1996年 岩波書店刊)の(カバーにおそらく編集者が書いた)とても的確で素敵な推薦文です。

 

 この文章と、本文である徳永さんのエッセイの中にある

 

「何が薬なのか。身の回りに、みんなが忘れかけている薬はないのか。忘れてしまったり、忘れかけている薬を、皆さんといっしょにぶらぶらっと探しに出かけてみたい」

 

という呼びかけに答えて、わたしが忘れそうになっている自分に効いたことのある「薬」の話を、これから少しずつ「ぶらぶらっと」しようと思います。一緒にぶらぶらっとしてると、とても効き目のある「いい薬」に出会えるかもしれません。

「くすり」その1:青空

 「青空」というくすりは、本当に、ただの「青い空」のことです。

 

 人は時々何らかの事情で「自由を奪われる」ことがあります。誰にも起こりうるのは「入院」。自分が予期しない病気に突然なった時や、入院なんかしたくないのに、「手術が必要」とか「入院しなければ治りません」と言われた時は仕方がありません。本人は本当はイヤだと思っても、家族が強引に進めてしまうこともあります。本人も家族も望んでいないのに強制的に「入院」させられたり、社会から「隔離」されたことも、かつては多くあったようです。

 

 わたしが本当に若かったとき、生きていることがまるで真っ暗な淵を必死で這いずり回っているとしか感じられなかった時がありました。夢を見失い、未来に対する希望をまったく失って、それまで自分の周りにいると信じていた大切な人から見捨てられた、そんなふうに感じていたのです。そして、事情があって狭い部屋からめったに外へ出ることがありませんでした。

 

 そんなとき、予期しない形で広い運動場に突然一人自由になったことがありました。一人芝生に座ってふと見上げた空は、雲ひとつない、本当に真っ青な広い空。まったく光のない淵を一人で這いずり回っていると思っていたわたしは、その空を見て「生きていける」と直感しました。「こんな青い空の下ならこれから何をやってもお前はなんとか生きていける」そんな声が空から聞こえたような気がしたのです。不思議なことに、顔に吹きかかる風が、急にやさしく温かくなった感覚を今でも思い出します。

 

 わたしは最近になってよく「山歩き」をするようになりました。ほとんどの場合一人で、それも近郊の低山です。わたしは山頂でいつも空を見上げます。低い山でも地上にいるときより空はずーと広くなります。空気がいいせいか、空の色もずーと青い。青い、雲ひとつない広い空を見るとわたしはやっぱり「また頑張らなくっちゃ」と思ってしまうのです。不思議な「効能」です。

 

 もちろん「暗い淵を必死で這いずり回って」いた若いときのわたしを救ってくれたものは「青い空」だけではなかった。そのときは気づかなかったのですが、家族や友人たちが心配し、倒れているわたしを励まし続けていてくれたのです。今青い空を見上げることは、こうしたさまざまな過去の大切な出来事を思い出させてくれるいい機会になっているに違いありません。頭の上に乗っているものは何もない、空の上には広い、無限大の空間がある、と実感することで、気づけなかったいろいろなことを自然に思い出させてくれるのでしょう。

 

 このくすりは、天気さえよければ誰でも簡単に服用することができます。どんな時にも、誰にでも必ず効くという自信はありませんが、一度試しみませんか。天気のいい日に、少し顔を上げて、空を見上げる。